松坂大輔のカムバック賞で中日が12球団最多の8人目受賞も、近年は難化の一途…パは2001年の盛田幸妃を最後に17年該当者なし、西武は過去受賞者ゼロ 古くは門田博光や村田兆治、三村敏之ら

松坂大輔のカムバック賞で中日が12球団最多の8人目受賞も、近年は難化の一途…パは2001年の盛田幸妃を最後に17年該当者なし、西武は過去受賞者ゼロ 古くは門田博光や村田兆治、三村敏之ら

“平成の怪物”松坂大輔に、平成最後となるカムバック賞が贈られました。

2014年オフに米国からNPBに戻りソフトバンクに入団も、3年間で一軍登板は1イニングのみ。2018年テスト入団した中日で6勝、先発ローテの一角として見事復活しました。

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怪我や不調から復活した選手へ贈られる「カムバック賞」

選考基準は厳しく、受賞者数も少ない

NPBで1974年に制定されたカムバック賞。

文字どおり、怪我や病気、長期の不調によるブランクを経て好成績を収めた選手に授与されるタイトルです。

勝利数やブランクの年数など数値上の明確な選出基準があるわけではなく、またどうにも「乱発しない」という不文律があるようで、カムバック賞は2018年までに(松坂含め)41名と授賞者数の大変少ない賞となっています。

特に厳しいパ・リーグ。受賞は過去6名、大隣(ソ)や安達(オ)も受賞なし

セとパで選出基準の差もあるのか、両リーグでアンバランスが生じています。

セ・リーグは1974年石岡康三(ヤクルト)以来2004年小久保裕紀(巨人)まで、一応は平均年1人ペースで受賞者が出ていました(2005年以降でペースダウン)。

対してパ・リーグは同賞制定後45年でなんと6年だけ。2001年盛田幸妃(大阪近鉄)以降、実に17年出ていないことになります。

近年でも、

大隣憲司(ソフトバンク) 2013年に国指定難病・黄色靭帯骨化症で手術、2014年9月に復活しソフトバンクの日本一を牽引

安達了一(オリックス) 2016年1月、国指定難病・潰瘍性大腸炎で緊急入院もシーズン中に復帰。同年7月には月30安打で月間MVP受賞

などいずれも国指定の難病から復活を果たしていますが、受賞には至っていません。

不死鳥の如く蘇った、過去の主な受賞選手たち

1980年 門田博光(南海)

1971-77年に7年連続で3割を記録したが1979年にアキレス腱断裂。「全打席ホームランなら足に負担が少ない」と長打狙いに徹するようになり、翌年には41本塁打

1985年 村田兆治(ロッテ)

マサカリ投法からのフォークを武器に1976-1981年の6年間で97勝。1982年に肘を故障し低迷するも、1985年に開幕11連勝の大復活(シーズン17勝5敗)

1990年 吉村禎章(巨人)

1988年7月6日札幌円山球場での中日戦、守備で栄村忠広と衝突し左膝靭帯断裂。1989年9月に戦線復帰すると、1990年には自らのサヨナラ本塁打でリーグ制覇を決める

1997年 伊藤智仁(ヤクルト)

1993年に新人ながら前半戦だけで7勝・防御率0.91を記録も、登板過多で失速。1994-96年を肘痛や不調で棒に振るも、1997年高津臣吾に代わる抑えとして19S

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彦野利勝と盛田幸妃、カムバック賞の縁こぼれ話

ドラゴンズ
1994年受賞の彦野利勝(中日)。

1991年、サヨナラ本塁打を放ち一塁ベースを回ったところで足を絡ませ転倒。歩けなくなってしまい、前代未聞の「サヨナラ弾に代走」という事態になってしまいました。

その場面はテレビの珍プレー集で度々取り上げられる「おもしろネタ」として扱われていますが、実際のところは右膝靭帯断裂という重傷。この傷が結果として後のカムバック賞に繋がるわけですが、その本塁打を打った相手投手というのが奇しくも2001年に同賞を受賞することになる盛田幸妃(大阪近鉄)だったのでした。

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